三岸節子
〜愛と情熱のアーティスト〜
SETSUKO MIGISHI
| 1905年 | 愛知県に生まれる |
| 1921年 | 上京して岡田三郎助に師事 |
| 1924年 | 女子美術学校(現・女子美術大学)を首席で卒業。三岸好太郎と結婚 |
| 1934年 | 好太郎死去。第5回独立展で「室内」他が独立賞を受賞 |
| 1967年 | 北海道立三岸好太郎美術館に、好太郎の遺作220点を一括寄贈 |
| 1968年 | 長男の洋画家・黄太郎一家と共に、南仏カーニュに居を定める |
| 1974年 | ブルゴーニュの小村ヴェロンに移り住む |
| 1991年 | ワシントン女性芸術美術館において日本人作家として初の回顧展 |
| 1994年 | 女性洋画家として初の文化功労者となる |
| 1998年 | 愛知県尾西市に、三岸節子記念美術館開館 |
| 1999年 | 歿。享年94歳 |
東洋的ではないが優美で
巨大ではないが力強く
華麗ではないが美しく
技術的ではないが技術を超えた画面 〜美術評論家クロード・リペール
私は毎朝まず画室にはいる
どんなに疲れていても、気分が滅入っていても、さっぱり
絵を描く気分が出なくても、まず画架の前に座る。
何を描いてよいのやらさっぱりわからない。
描く対象が五里霧中である。
まず、目をつむって、両手を合わせて祈る。〜三岸節子











































